091216 ARCHITECT 2.0 グーグル的建築家像をめざして @千葉大学西千葉キャンパス
松戸から寒空の中、久々に西千葉へ。僕は出かける時に都心から離れると何しに来たんだか分からなくなるんだが、着いた時点で暗くなってて、さむいし、もう、これだから西千葉は。
藤村さんのレクチャーを聞くのはこれで3回目。
これまで僕が聞いた中で一番具体的で分かり易かった。
模型の羅列を見て、「前と後で何が条件で何を変えたの?」みたいに感じた事が多かったのだが、いくつか紹介してもらって、納得がいきました。
Building Kの「シンプルな設備系統→構造→意匠」という建築の構成(?)の話が興味深かった。全てにおいて合理的なんだなー。
また、プレゼンの構成が「超線形設計プロセス→設計事例→教育での方法論の実践→よくある質問→批判的工学主義」という流れになっていた。この構成は初めてで、最後の批判的工学主義のところでグッとくるものがありました。
■今回は質疑応答のやりとりが興味深かった。
プレゼンで「よくある質問」があったが、やっぱり質疑応答で質問された。
なんでだろうなー、と思ったら、「クリエイティブ系建築学生のリアリティ」と「設計の現場のリアリティ」が違うんではないだろうか。
僕は修士生になって、LDSE2008や研究室のプロジェクトでちょっとした現場に触れる機会があったから、後者が分かり、藤村さんの主張に共感できるんだと思う。就職した友達に藤村さんについて紹介したら、学生よりも食いつきが良かったし。
例えば、藤村さんは超線形設計プロセス論では「空間形態の意味が濃密になる」という旨のことをおっしゃっていたが、多分この「意味」という言葉の『意味』が学生と実務者で違うんだろう。大概の学生は空間形態にぽわーんとした抽象的な意味を与えてる。(レモン展とか見には行っているが、ぽわーんとし過ぎてよく覚えてない。というか、建築の展示会を見に行って形態の説明に納得した記憶があんまりない。一応、造園デザインの勉強はちょっとしたんですけど…。)Building Kでは「設備系統を1つのタワーにまとめること」には「管理が容易になる」という意味がある。でもこの意味には管理が大変でコストがかかることをいつしか感じた事がある人…つまり、実務で現場を知ってる人でしかリアリティを感じないのだ、きっと。
金かかるんすよ、管理って。建物って作った後にかかるコストは作るコストのウン倍とか聞きました、就活で。数字は覚えてないけど、ビビりました。>建築学生。
「条件の選択は恣意的ですよね?」みたいな質問がされるのも、リアリティ違いの問題だろう。選択された条件は恣意的というかむしろ実務上必然的だ。
この例はあくまでも手法の「効果」でしかない。が、そこにリアリティを感じれるか否かで、手法の持つクリエイティビティの「意味」も、変わってくると思う。
■この建築クラスタの手法論の議論はラ系にはどう関係するのだろう、なんて考えるのだが、設計手法としては有益であるけど、あんま現場では関係ないかなーとか、思ったりした。
建築クラスタを襲う工学主義的状況は、あまりにラ系の状況とは違う気がするから。自動生成する高層建築の足元の公開空地はラ系のアトリエ派が設計していたりします。e,g,品川セントラルガーデン。「高層建築はコピペで面白くない問題」は「金太郎飴的都市公園大量発生」と表立つ現象としては似ているけど、後者は制度主義的状況によって生み出されてるし。
もしくは、ただ単に僕が設計実務の現場を知らないからかな。
就職した友人にちょこちょこ聞いてみようと思う。
■何で超線形設計プロセス論を多くの学生が否定的に感じ取るのか。
それは超線形設計プロセス論の三原則がいずれも現在の学生のやり方を否定しているからじゃないか。その上「批判的工学主義」なんて理屈では納得せざるを得ないから、余計に悔しくて、否定的に捉えそうw議論を巻き起こすために「あえて」の否定表現かもしれないけど。
三原則を肯定的に表現しようとすると冗長になるし、確かに表現として歯切れが良いのは事実。
だから、肯定的に捉えた時にどう表現するか、どう説明するかが問題になるのでは。>手法派のみなさん
今回のレクチャーでも「ジャンプしても良い、ただし、論理的に言葉で説明できるようにしろ」という言葉を聞いて受け入れられた学生も多かったんじゃないかなぁ。
■いやしかし、大変に盛り上がったレクチャーだった。
立ち見も出るぐらいだったし、寝てる学生も少なかった。僕の横の人は寝てたけどw
暖房が効きすぎてたと感じたのは、エアコンのせいではなかったんだろう。お疲れ様でした>運営側の学生のみなさま。
帰路、毎度睡魔に襲われる新京成で、twitterのTL上の寮ネタで現実に戻されそうになっても、ずっと思考がオーバーヒートしていたのでした。
