2009年12月10日木曜日

横浜「ラ系」宣言

091209「横浜『ラ系』宣言」に行ってきた@馬車道
togetterまとめ
実況していたerrieさん、お疲れ様でした。
三谷先生のお話では、「プライベート性の作り方」と「構造+設備+庭」が、
石川さんのお話では、「地形の資源性」の話が興味深かった。

どちらかと言うと石川さんの話はリサーチ寄りで、三谷先生はデザイン寄りだったのかな。

お二人のレクチャー後、対談。
横浜はすぐ裏に多摩丘陵が迫っている街である。斜面地の造成の話題で総裁こと大山さん
「ぼく、擁壁好きだよ。擁壁が面白いと思えないの想像力の問題では?」
という趣旨の発言からラ系の僕としてはヒートアップ。

■この手の話に、聞き手は「条件分け」をして理解する必要があると思う。
確かに巨大擁壁は「自然環境保全」とか「予算削減」が謳われる現在、あんまり好ましくない方法だと思う。だから、「今後」の造成では避けるべき方法だろう。(石川さんが大山さんのようなサブカル的評価・態度が政治的に利用される事に注意すべしと言っていたのはこういうことだろう。たぶん。)
でも、今ある巨大擁壁はどうするの?っていう問題もある。
そこに自らが「鑑賞者」として立場をとるのか、それとも「設計者」としての立場をとるのか、その立場を考える必要がある。(他にもあるだろうけど)

■まぁあの場にいた大抵の人は後者のはず。
そこで設計者は巨大擁壁(もしくは巨大擁壁を含む一帯の環境)の何か改善しろと言われ、巨大擁壁を「面白い!」と捉えるのか、「つまらん…」と捉えるのか。その姿勢が大切で、デザインのゴールを決める。
石川さんは自身の過去のブログで言っている。
「流路をコンクリートで固められた、いわゆる3面張り護岸の神田川を見て、それを『地域から川が暴力的に疎外されている』とノートに記した時点で、そのあとの提案の射程距離は決まってしまう。」
「駐車場を『駐車場』と記述したところでフィールドワーカーとしては負けである。」
身辺メモ
もし、擁壁の修景を頼まれた設計者が「つまらん…」と捉えてしまっては、何も生み出せない。前向きじゃないし。
(別に鑑賞者だったらどう思おうがどうでも良いと思います。実は僕はまだ擁壁に開眼してないし…)

■大山さんが擁壁(と他のドボク)を、石川さんが地形を、「面白い」と感じる想像力は、その点で設計者に有用な視点を提供する。
普段意識しなかったり、むしろ望ましくないと感じる物体や空間の可能性を広げることができるのだ。
例えば実務で設計する人は「キレイに平らで、日差しや風通しがよくて、土は肥沃で、でも固くて、水はけが良くて、気候は安定して、整形で、都市基盤が整った、十分に大きい敷地」かつ「気前の良い資金に潤沢な文句を言わない施主」に出会うことなんて稀なんじゃないのかな。
もーどーしょーもない案件を任された時にこういう想像力は重要だと思うんです。「ガケンチク」はその好(?)事例なのかもしれない。ってラ系の設計者にならない僕が言うのも何ですが…。いや、どんな種類の仕事でもその可能性は高いと思う。

■個人的意見として今後は、「想像力」を育成する、共有可能な「方法」を考える必要があると考えます。
そしてそれは、大山さんの団地を撮影する際に定められたルールにヒントがあるかも、と帰りにd/sign No.17の記事を読んで思ったのでした。

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